【書評】数値海岸、絶望の攻防戦が幕を開ける「グラン・ヴァカンス」【感想】

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どうもこんにちは。林檎PieTieです。
私はSF作品は全く読んだ事がなかったのですが、最近になって少し興味を持ち始めました。
ということで、飛浩隆氏の長編SF作品「グラン・ヴァカンス」を読んでみたのですが…。
あまりの面白さにビックリしてしまいました。
そんなわけで、ここではネタバレなしで本作のあらすじ、魅力を解説していきたいと思います。


仮想リゾート“数値海岸”の一区画“夏の区界”。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在“蜘蛛”の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける―仮想と現実の闘争を描く『廃園の天使』シリーズ第1作。

あらすじ

〈数値海岸〉はかつて、人間のゲストに仮想のリゾートを提供する為に存在した空間。
しかしある時、人間の訪問が急に途絶えます。
区画〈夏の区界〉のAI達は困惑する中、代わりに硝視体という魔法の石が区画内で発見されるようになります。
「区画の設定そのものにアクセスする力さえ持つ」と言われる〈流れ硝視〉のうわさの広がりも相まって、AI達の間では硝視体ブームが巻き起こります。

人間が途絶えてから1000年、そんな硝視体ブームのピークも過ぎた頃。
ある日、〈夏の区界〉のAIジュールとジュリーが硝視体探しに鳴き砂の浜に向かうと、突如として空が曇り、黒いブロックのようなもので覆われ始めます。
真っ黒に翳った空から、謎の外的プログラム〈蜘蛛〉の大群が空から降りてくるように。
プログラム〈蜘蛛〉は、ジュール達の目の前で岩石を無効化-食べ始めました。
ジュール達は自分達もいずれ食欲の対象になる事を本能的に察知します。

こうして、〈夏の区界〉のAI達と、〈蜘蛛〉との恐怖の戦いが始まります。

ランゴーニの登場

物語の中盤。
〈夏の区界〉の西の町は全滅。
住民達は、鉱泉ホテルに立て篭り、硝視体ネット(バリケード)を設置します。
順調に罠が発動する中、突如としてネットを通じたAIの思考にアクセス出来なくなります。
(硝視体の使い手は、今までこれを通じ、領域内のAI達の思考のトレースを行っていました)

蜘蛛の統率者、謎に包まれた別次元からの侵入者、ランゴーニの干渉が始まったのです。
次々と〈夏の区界〉のAI達に接触していくランゴーニ。
果たして、AI達の運命とは…。
(ネタバレになってしまうのでこの辺にしておきます)

本作の魅力

①〈数値海岸〉の謎、敵襲の謎

この作品の鍵となる、ゲストが訪れなくなった〈数値海岸〉。
ゲストとして来る人間が絶滅したのか、リゾートの経営体が破産したのか。
色々と憶測が飛び交う中、ひとつの謎がありました。
「誰がここに電力を供給しているのか?」
放棄された〈数値海岸〉は、なんの目的によって存続しているのか。
本作では、その謎がまだ残る中、突如として〈蜘蛛〉による敵襲が始まります。
次々と存在を抹消されていくAI視点での絶望感と共に、常に〈Why?〉の疑問が残り続けます。
なぜ、数値海岸は存続され、なぜ、数値海岸は何者かによって消されようとしているのか?
是非本作を読んで確かめてください。

②黒幕ランゴーニの魅力

本作の黒幕、ボス的な存在感を誇るランゴーニ。
今作は全体を通して、官能的な文章の美しさが特徴ですが、ランゴーニのパートは特に際立っています。
相対するAIの思考を読み取り、滑らかな言葉遣いで会話を行います。
その発する一言一言が特徴的で、美しく、読み手を感嘆させるキャラクター造形となっています。
中盤は、このキャラの多くの謎にある種のワクワクを覚え、終盤ではその謎が解き明かされます。

③圧倒的な文章の美しさ

全編を通じて、あまりにも世界観が美しいのが本作の魅力。
本作では群像劇的に、視点が移り変わるのですが、どのキャラクターにも複雑な背景があります。
その一つ一つがエロティシズムに満ち、グロテスクであり、そして美しい。
とても官能的な文章に魅了されます。

終わりに

私が読んだSF作品の一作目なんですが、凄く良かったです。
やや「SFってこんなに複雑な概念が沢山出てくるモノなの?」感はありましたが、ゆっくり噛み砕きながら読んでいくと、とても味わい深かったですよ!
是非皆さんも読んでみてください!